シリーズ里山レポート 第3回 

先週行われた里山見学会について記事を、これまで2回にわたって掲載してきました。今回が最終回になりますので、里山で見、感じ、考えたことを自分なりにまとめてみたいと思います。長年木材に携わってきた方からすれば「暴論」と感じてしまうかもしれませんが、これから私が書こうとすることを「暴論」だと感じた方に明るい未来は無い、ということを(僭越ではありますが)先に申し上げておきたいと思います。


シリーズ里山レポート 協力:失敗しない家造り勉強会つくば緑友会・宇佐美産業(株)
第3回 スタジアムに人を呼び込め



今回の里山見学会に参加して確信したことがあります。それは、従来の木材業界のPR手法の問題です。大きく分けて3つ。1つ目は「PRのベクトル」、もうひとつは「アンテナショップ」、最後にフリーミアムという問題です。どういうことか、野球を絡めながら例を挙げて、ゆっくりと話していきたいと思います。


−PRのベクトルが逆?

今、日本の木材業界が血眼になって取り組んでいるのが「木造住宅の普及」です。当然、木の家が増えれば製材所も里山も潤いますから、当然といえば当然なのですが、現状では、以下のように、「住宅」が入り口となって木材の良さを伝えるという方向になっています。三角形をイメージして下さい。頂点にあるのが木造住宅です。

○木の家の良さを伝える ← 木造住宅、長期優良住宅(3000万円)
↓ 
○木材を身近に感じてもらう ← フローリングやデッキなどに注目(30〜150万円)
↓ 
○木が身近になる ← 積み木、自然素材の椅子や机、木工品など(1〜10万円)
↓ 
○山が身近になる ← 登山、ハイキング、散歩、キャンプ、バ−ドウォッチングなど(タダ)


しかし、これでは多くの日本人が、「家を建てる時になって初めて木や山を知る」ということになってしまいます。今回の見学会でも参加者の多くが40歳〜50歳くらいでしたが、それでは遅すぎる。また、木材業界の人たちは、「木は生きている」、「癒しの効果がある」、「木材住宅は日本の伝統」という謳い文句を“分かり易い表現” だと思っているかもしれませんが、山さえ知らない人たちが実感として理解できるでしょうか。

本来ならば、できれば子どものうちから山に入り、木に興味を持ち、こだわりを見出した人が木材の商品を手に取り、やがては木材住宅へと向かうという流れが自然のはずです。しかし、現状ではその方向が逆なんです。工務店やメーカーも木造住宅の良さを伝えるのに躍起(のように見える)なのですが、そもそも「山」を知らない人には伝わらない。結果的に、多くの住宅メーカーはきちんとは木のよさを伝えていません。自社の長期優良住宅に使われている木材のみが「いい木材」ということになり、“木造住宅の良さ”ではなく、形としての住宅だけが、敷地に残ることになります。

これ、順番がやっぱり逆なんです。回り道のようですが、まず山に人を呼び、そこから上の方向に向かって誘導していかなければならないと思うんです。根っこの部分を曖昧にして、山を問わないことにして、自然に優しいとか温もりとかそういう言葉だけでお茶を濁して高い住宅を買わせている。今回の見学会でも、過去に木造住宅を建てたほうが、実際にはスギの木とヒノキの木の違いが分からないという場面がありました。山は、それほど身近に存在しないのでしょうか。



−スタジアムに人を呼ぶ


山を知らない人に木造住宅の素晴らしさを伝えるというのは、野球を知らない女性にダルビッシュの投球術を説明するようなものです。そんな時どうするか。野球は9人でやるスポーツだと説明するでしょうか。ストライクが3つになるとアウトが1つになるというところから説明するでしょうか。ああでもやっぱり百聞は一見に如かずだということで、スタジアムに行こう!!!ということになるでしょうか。私なら、一緒にスタジアムへ行きます。

すると、女性は誰々がカッコイイとか、どの弁当が美味しいとか、野球の面白さを “男性とは違った視点で” 見つけ始めるのです。これが非常に重要で、魅力というのは、受け手が勝手に判断すればいいということです。今の木材業界を見てみますと、業界の側から伝えられる木の魅力ばかりが氾濫していて、それを使う人の視点があまり感じられないように思えます。つまり消費者が置き去りになっている・・・。

子供たちはどうでしょう。父親がジャイアンツファンだった私は、父から何も教えられていないのに、野球の基本的ルールを知りました。それだけでなく、桑田の抜いたカーブがいかに有効か、篠塚のバット捌きがいかにプロフェッショナルかを知ったのです。しまいにはクロマティの打撃フォームをマネできるまでに・・・(笑)。私が野球を見るようになったのは、単純にスタジアムの応援席が盛り上がっていて楽しそうだったからなのですが、子供の吸収力・学習力というのは本当にすごいものがあります。

木材も同じで、まず初めにスタジアムに連れて行くべきなのです。女性は自分の目線で魅力を発掘し、子供たちは恐るべき速さで知識を蓄積していきます。北海道日本ハムファイターズはこれを徹底してやりました。日本シリーズを放送するテレビのスピーカーから聞こえてきたのは、女性と子供達の声援でした。木材はどうでしょうか。木材業界にとってのスタジアムはもちろん里山です。私がクロマティのマネが出来るようになったのと同じことが、里山で起きるはずです。


−スタジアムの興奮を伝える「アンテナ」


スタジアムにはお土産屋さんやグッズショップがあります。スタジアムをもっと楽しんでもらうため、また、スタジアムで得た興奮を自宅に持って帰ってもらうためです。今では女性向けにデザインされたグッズも多くあり、子供用のレプリカユニフォームは30年前からの人気商品です。そうやって育った人たちが今、家族を、恋人を連れてスタジアムに戻ってきています。日本ハムは、本拠地を北海道に移したのを契機に、既存のファンである男性以外の層を、徹底的に掘り下げていったのです。

さて、木材業者にとってのグッズショップは材木屋です。周りの材木屋を見て下さい。お客さんが入れる雰囲気、ありますか? つなぎを着てヘルメットをかぶったおっちゃんがくわえタバコしてませんか? 山でせっかく木の良さを知り、これから木を知ろうという人たちが生まれたのに、町場の材木屋がこの状況では木の良さなんて伝わりません。材木屋は、使ってもらうユーザーをとことん意識し、木の良さに触れられるアンテナショップにならなければなりません。

たとえば、材木屋がもっとオシャレに気を配る。働いている人間の意識を変える。もっと情報を発信する。カフェや雑貨のお店とコラボレーションする。若者に人気のデザイナーなどと組んで商品を開発する。製材所でライブをやる。木工教室をやったら展覧会もやる。大工講座を無料でやる・・・お金をかけなくてもできることはいろいろあります。農業を見て下さい。昔の「100円入れて下さい」なんて直売所ではなく、きれいなインテリアを使った「道の駅」や、地域の子供たちの絵などを飾った「物産館」などが沢山できています。変わっていないのは、材木屋だけなんです。


−木材業界の中での“フリーミアム


上に挙げたようなことをする目的は入り口を広げる事です。そこから様々な声が上がりますから、それをヒントに、よりプレミアムなものを届けていけばいい。Googleが無料でGmailGoogle earthなどのサービスを提供していますよね? タダだから、とにかく人が集まる。その中から数%のコアなファンが、よりプレミアム度の高い有料版を購入する。Googleはこうした戦略で利益を確保しています。

そのあたりのことは、最近話題になっているビジネス書『FREE』という本で詳しく書かれているので詳説はしませんが、はじめから希少性のあるもの(木材住宅)を届けるのではなく、無料(あるいは無料に近い)の物によって入り口を広げ、そこからコアな客を捕まえていくフリーミアム戦略が必要です。『FREE』の方法論からは若干ズレるかもしれませんが、木材をタダにするわけにはいきませんから、山を見てもらうことをタダで提供すればいい。

(※ちなみに、低価格住宅が流行する背景も『FREE』から読み解くことができるので、やはり業界関係者にとって本書は必読かと思います)


山を散歩だけならタダです。タダなのに、私は今回スギの伐採現場を見て、涙をこぼしてしまいそうなほどの感動を味わいました。子供だったら、どんな感動を家に持って帰ってくれるでしょうか。フォレストセラピーと題した癒しの山歩き、地域を知るための、山の歴史を学ぶツアー、温泉とコラボをした里山見学、子どもたちの自由見学の場として活用などなど、とにかく、多くの人達を、“木材のスタジアム”とも言うべき里山へ誘導することが大事なのではないでしょうか。

そういう活動を通し、今まで木材業界が進めてきた「住宅→木材→木→山」の流れを180度転換させる。そして「山」こそを、木材の、木造住宅の入り口にすべきです。当然時間は掛かるでしょうが、どっちにしても木材不況なんですから時間は有り余るほどある。その時間を利用して、どんどん人を山に呼び込みましょう。そこで感動を覚えてもらうんです。そうすれば、黙っていても木造住宅に興味を抱いてくれるはずです。

おっさんしかファンがいなかった日本ハムが変わったように、木材だって、その気になれば必ず変われます。私自身がそうであるように、木や山に隠された魅力に、木材関係者自身さえまだ気づいていないのですから。
■K松■