アガチス通信 vol.12 「アガチスを巡るときがわの旅 第1回」

私達が取扱うアガチスという木は、一体どのように姿を変え、皆さんの手に届くのだろう。

新人社員K松のそんな疑問をきっかけに、私たち滝口木材では、研修も兼ねた「アガチスを巡る旅」を敢行してきました。その模様を、今日から3回に分けて掲載していきたいと思います。旅の行き先は、埼玉県比企郡ときがわ町。建具作りの伝統技術が吹き込む新しい命をご紹介していきたいと思います。

尚、今回の取材では、株式会社浜屋社長の村山輝光さんに多大なるご協力を頂きました。村山社長は、メーカー・問屋・木工所等が立場を超えて連携し、共同体となって独自のブランド作りをしていこうという考えをお持ちで、今回のこの旅も、そうした横の繋がりを高めるアクションの一環として実現しました。村山社長に厚く御礼申し上げます。



シリーズ アガチスを巡るときがわの旅 第1回
建具に息づく “本当の”技術


‐いざ“木のまち”へ

都心から車でおよそ1時間。埼玉県中部のなだらかな外秩父山地の山間に、その町はあります。木工で名高く「木のまち」とも呼ばれる、比企郡ときがわ町。住宅に使われるドアや引き戸等の「建具」の町として、現在でも全国的な知名度を誇る、木工職人の町です。

かつては数百とも言われる建具屋が軒を連ね、都幾川の優しいせせらぎと、木を削る乾いた音が、この町の風物詩として四季を彩ってきました。しかし、折からの不況で多くの工房が閉鎖を余儀なくされ、現在では、僅かに数えるほどの工房だけが、伝統の技術を後世に伝えています。



同町を流れる都幾川。美しい渓流での水遊び等も出来る



ときがわの名所の一つ。堂平天文台「星と緑の創造センター」



‐木の強さと柔らかさを引き出す
その内の1軒。ときがわ町の隣町、鳩山町にある岡野木工所を訪ねました。工房に着くと、木の香りがふわりと漂い、何とも言えない贅沢な気持ちになります。冷たく清らかな空気とあいまって、何か神聖な場所に足を踏み入れたような、不思議な感覚を覚えました。ここが、職人たちが日々腕をよりをかけている仕事場です。

機械の取っ手を柔らかく握り、ミリ単位で動かしていく技術は、もう何十年と引き継がれてきたものです。正確さの求められる仕事ですが、生きている素材を扱うため、木材の性格やクセを見抜きながら、適材を適所に用いる「目」が求められます。確かな技術と経験が、職人たちの誇りなのです。

例えば、素材の端に「瓢箪仕上げ」や「銀杏仕上げ」といった処理を施すことで、木材同士がしっかりと噛み合い、均整の取れた“格子”が出来上がります。職人の技が、木が本来持ち合わせている“コシ”の強さや柔軟性を引き出し、“柔らかく、強い”ドアを生み出しているのです。もちろん、1本1本の材の色合いや木目なども違いますから、完成したドアにそれぞれ違う表情が生まれるのです。



生き物を扱う手作業だけに、正確さだけでなく、木のクセを見抜く目も必要だという



外からは見えないこんな小さな穴にこそ、職人の心意気と想いが込められている



アガチスは、その色合いや加工のし易さが評価され、建具の材料として広く使われている



よく見ると、細かいギザギザが付けられしっかりと噛み合うようになっている。確かな技術の成せる技である。



‐次々に押し寄せる時代の浪
しかし、ここ数年は、単純な骨組みに板を貼り付けただけの「フラッシュドア」が台頭し、無垢の建具は苦境に立たされています。限られた費用の中で住宅を建てなければならない施主にとっては、生活に直結する台所やお風呂等に出来るだけ費用を掛けたいもの。大手の住宅メーカーもフラッシュドアを採用し、無垢の建具にはすっかり陽が当たらなくなってしまいました。

多くの木工所が閉鎖、あるいは減産を余儀なくされる中、最近では、健康意識や環境意識が高まり、幼稚園や小学校、老人ホーム等、特に「安心・安全」が求められる場所から、無垢の建具を見直そうという動きが少しずつですが出て来ているといいます。時代の浪は、いつどんな形で押し寄せるのか検討もつきません。そんな不透明な時代で、岡野木工所は何を拠り所に建具を作り続けているのでしょうか。



岡野隆社長(左)から話を聞く、浜屋村山社長(中)と弊社K平(右)



‐木を活かし、人を生かす
「安全性や環境というものを考えた時、無垢の素材を使うという事は、木を活かすことにもなり、ひいては人間を生かすことにもなる。それを引き出すのは、やはり技術です。無垢の建具の良さを少しでも多くの人達に知ってもらいたいという一心で、これからも何とか頑張っていきたい」と、岡野木工所の岡野隆社長は語ります。

しかし、技術というのは単に「手先が器用」であるとか、「機械を性格に操作できる」ということではないということを、この工房は教えてくれました。それは、適材を適所に使うという技術。ときがわの職人たちは、とことん無駄を出さずに木を活かします。どこにも使えないのでは? と思えるような木材を巧みに利用し、様々な部位に使ってしまうのです。それぞれの素材が生きる場所をちゃんと見つけてあげることこそ、技術なのかもしれません。

「大量生産された素材を説明書どおりに、みんな同じように組み立てるのが技術じゃない。個性や表情のある適材を適所に使うことこそ、木材に携わる人間の本当の技術なんだ」 多くを語らない岡野社長でしたが、適材適所の言葉の意味を、岡野社長に教えてもらったような気がします。人が生きる道も、きっとそうだ。出来上がった素晴らしい扉を見て、私はそう確信しました。

■K松■