シリーズ里山レポート 第1回

K松です。

「木材を取扱う仕事をしているけれど、私達は本当に日本の山の事を知っているのだろうか」。そんな想いから、A弘、K平の2人の先輩とともに、スギの伐採見学会に参加してきました。本当に色々なものを見、聞き、考えさせられた一日でした。そのあたりの事を「シリーズ里山レポート」と題して、今日から3回に分けてご紹介していきたいと思います。


シリーズ里山レポート
第1回 山の叫び声を聞け
協力:失敗しない家造り勉強会つくば緑友会・宇佐美産業(株)


‐「死んだ山」に入る
「日本の林業は衰退の一途をたどり、山は危機に瀕している」。そう叫ばれて久しい。立木の価格は暴落し、山を仕事場にしてきた人達は、仕事どころか生活さえままならないという暮らしを余儀なくされている。私たちがこれだけ多くの木材住宅に住み、木で作られた椅子や机で学んできたというのにだ。私たちは、木だけを見て、森を、山を見てこなかったのではないだろうか。いや、木さえ見てこなかったのではないか。日本の山に、いったい何が起きているのだろうか。

そんな問いへの答えを知るために、私たちは茨城県の最北端、北茨城市の華川地区へと向かった。辺り一面低い山に覆われ、車で10分も走れば海岸線にたどり着く風光明媚な町だが、山と海に囲まれているからだろうか、北関東にしては気温が低い。見学場所に着く頃には小雪が舞い散り、山の上からは、骨が軋む様な冷たい風が吹き降ろしてきた。華川の山師達は、そんな所で日々、山と向かい合っている。

バスに揺られること15分。県道のそばの山に到着した。講師を務める宇佐美産業の宇佐美正昭さんが言う。「この山は、もう既に死んでいます。まず皆さんに、この惨状を見てもらいたいからです。」 敢えて最初に“死んだ山”を見せる事で、日本の林業の現状を伝えたいのだという。しかし、そこから見える山には、スギやヒノキがうっそうと生い茂っている様に見える。中にはしっかりとした幹の木もあった。この山のいったいどこが死んでいるというのか。



山に入った。そして、上を見上げた瞬間、宇佐美さんの言葉の意味を知った。光がないのだ。今にも倒れそうな細い体を必死に伸ばし、少しでも多くの光を浴びようとするスギの姿が痛々しかった。満員電車に押し込められる様な息苦しさの中で、必死に手を伸ばしているスギたち。幹にはツタが巻きつき、隣の木との間隔もほとんどない。そこは、まるで光が全く当たらない地下の牢獄のような場所になっていた。そっと木に触れた。その冷たさが切なかった。山の叫び声が聞こえた。

一見すると太く育っている様な木も、実は「ミゾクサレ病」等の病気に罹患しているのだという。病気から身を守る為に肥大化しているに過ぎないのだそうだ。こうした病原菌は周りの木にも伝染し、こうして病木(びょうぼく)だらけの山を作ってしまった。「今となってはもうどうしようもないんだ」。宇佐美さんが、怒りとも諦めともつかない、苦々しい表情でつぶやいた。宇佐美さんに、そしてこの山に、希望の光が差すことはあるのだろうか。



‐血が通わない山
ここに植えられている木は40年生だという。しかし、植林されて今に至るまで、ほとんど間伐が行われなかった。効率よく間伐を行う為には、山の血管ともいうべき「林道」の整備が欠かせないが、木材価格の暴落で、林道整備のための費用が捻出出来なくなったからだ。「林道=森林破壊」といった誤った認識が未だに残っている事も、少なからず影響があるのかもしれない。いずれにしても、山は放置され、そして病み、今ここで死にかけているのだった。

健全な山を育てるには、山師たちが定期的に間伐を行わなければならないが、その際に出てきた「間伐材」に適正な価格がつかない。もし適正に販売ルートに乗ることが出来れば、山に残った木を育てるための費用にも充てられる。幸運にも、循環型社会が叫ばれる様になった昨今、地元の材にも注目が集まるチャンスがやってきた。しかし、今度は人材不足問題が表面化してきた。「山のことを知らない人ばかりになってしまった。どの木を伐(き)ったらいいか見分けがつかないんです」。この日、宇佐美さんの声のトーンが明るくなることはついになかった。

木を植え、育て、伐り、使い、また植える。そこに日本が目指す循環型社会がある。しかし、よく考えてみれば、そのサイクルはかつての日本が当たり前に実践していたものだった事に気付く。当たり前の事が当たり前でなくなり、皮肉にも多くの被害者を生んだ末に、日本人はまた、当たり前に気付き始めようとしている。ただ、その間に失われたものが多過ぎた。本当に、かつての日本にあった「山と人の幸せな関係」を取り戻すことは出来ないのだろうか。



‐誰も知らない、という事

この山に着いたとき、宇佐美さんがこんな事を参加者に聞いた。「この山には、スギとヒノキがあります。どれがスギで、どれがヒノキか分かる人は手を挙げて下さい」。20人の参加者のうち、手を挙げたのはたったの2人だけだった。恥ずかしながら、僕の手も挙がらなかった。この見学会には、少なくとも木に興味のある人が参加しているはずなのに、たったの2人。日本人の中で、桜の花と梅の花の違いが分からない人は、どれほどいるだろうかと考えた。

スギの学名が、「Cryptomeria Japonica」というのをご存知だろうか。「ジャポニカ」というくらいだから、スギは正真正銘日本の木なのだ。だけれど、日本の木の事を、日本人がほとんど知らないのだった。木材の仕事に就いている僕でさえ知らない。桜の花は春になったら咲いてくれるけれど、スギは100年近くの時間をかけて、ようやくようやく木材として生まれ変わる。僕は、自分が恥ずかしくなった。恥ずかしかったから、もっと勉強しようと思った。そうでなければ、この“日本の木”が可哀想だ。



日本の林業が抱える、あまりにも根深い問題を見てしまったせいか、次の見学場所に向かうまでの間、僕は何ともいえない暗い気持ちになってしまった。だけれど、全てが真っ暗になった訳ではない。その問題にこそ、日本の林業にもう一度活力を与えるためのヒントが隠されていると思ったからだ。そしてその疑問は、次の見学場所で確信に変わった。私がそこで何を見たのか。次回のレポートでまたご紹介したいと思います。

■K松■



・宇佐美産業(株)
〒319-1532/住所:茨城県北茨城市華川町上小津田444/Tel:0293-43-0617